黒船来航により、日本で一番最初に港が開かれた街、下田の記念博物館

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ロシア使節プチャーチンの乗艦ディアナ号(模型)

ロシア使節プチャーチンの乗艦ディアナ号(模型)

2018年12月の逸品

“1854年12月4日(嘉永7年10月15日)、ロシア使節プチャーチンがディアナ号で下田へ来航しました。目的は北方の国境画定と日本との通商の協議のためです。大目付格筒井政憲、勘定奉行川路聖謨と交渉の末1855年2月7日下田の長楽寺で日露和親条約を結びました。千島列島エトロフ島 以南が日本、ウルップ島以北がロシア、樺太は共同使用。下田、箱館、長崎の開港等々を決めまし。
 さてディアナ号は12月23日下田を襲った大地震・大津波で大破損をし遂に沈没するのですが、戸田(現沼津市)で代船を造りプチャーチン以下は帰国します。ディアナ号は沈没しますがこれらの出来事で日本とロシアとの交流は深まっていきました。ディアナ号は全長58.2㍍、幅13.6㍍の木像帆船で乗員は約500名。