黒船来航により、日本で一番最初に港が開かれた街、下田の記念博物館

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ハリス使用のコップ

ハリス使用のコップ

2021年9月の逸品

幕末の安政3年(18576)7月、下田に着任したアメリカ総領事ハリスは食べ物で随分苦労した様子です。日本では牛・豚肉を食べる習慣が無く、鶏や卵をよく買い入れ、山鳥やウサギを捕まえています。牛乳もだめでしたが、ハリスが病気になり牛乳が滋養に良いとのハリスの懇願で、奉行所は農耕用の赤牛の乳を近隣の村々から2勺、3勺と集めました。人でが掛かり1合が1貫200文、今の1万円以上にもなりました。当時の請求書の控えがハリスの使用したコップとともに伝わっています。

徳川慶喜6才の書

2021年5月の逸品

徳川慶喜は江戸幕府第15代将軍。英明の聞こえが高く、水戸の徳川家から迎えられ一橋家に入り、幕末、攘夷か開国かで揺れる動乱の日本で将軍職に就きました。この書は慶喜6才の時の書で、論語の一節「仁者は山を楽しむ」とあり幼名の七郎麻呂にかわいい手形を押した珍しいものです。

黒船絵巻の内「大亀の調理」

2021年4月の逸品

ペリー提督の下田来航時の見聞を集めた「黒船絵巻」の中の1枚。「四月六日マセトン船無人島ヨリ正覚坊ト云大亀大サ五尺位ナルヲ七十、大鯨二本取リ来タル。料理方此ノ如ク料理シ、来艦ノ役人方ニ御馳走、卵ニ白砂糖ヲ添エ出シタガ黒川殿ガ一口食ベタ他ハ口ニシナカッタ。血ハ煮物ニ使ウノデアル」(抄訳)と説明書くがついています。当時日本では牛・豚肉を食べる習慣が無く入手出来ないので、ペリーは艦隊を下田に回航するに当たって、マセドニアン号を小笠原諸島に派遣し、食肉を確保し、同艦は艦隊より半月ほど遅れて下田に入港しました。