黒船来航により、日本で一番最初に港が開かれた街、下田の記念博物館

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徳川慶喜6才の書

徳川慶喜6才の書

2021年5月の逸品

徳川慶喜は江戸幕府第15代将軍。英明の聞こえが高く、水戸の徳川家から迎えられ一橋家に入り、幕末、攘夷か開国かで揺れる動乱の日本で将軍職に就きました。この書は慶喜6才の時の書で、論語の一節「仁者は山を楽しむ」とあり幼名の七郎麻呂にかわいい手形を押した珍しいものです。

黒船絵巻の内「大亀の調理」

2021年4月の逸品

ペリー提督の下田来航時の見聞を集めた「黒船絵巻」の中の1枚。「四月六日マセトン船無人島ヨリ正覚坊ト云大亀大サ五尺位ナルヲ七十、大鯨二本取リ来タル。料理方此ノ如ク料理シ、来艦ノ役人方ニ御馳走、卵ニ白砂糖ヲ添エ出シタガ黒川殿ガ一口食ベタ他ハ口ニシナカッタ。血ハ煮物ニ使ウノデアル」(抄訳)と説明書くがついています。当時日本では牛・豚肉を食べる習慣が無く入手出来ないので、ペリーは艦隊を下田に回航するに当たって、マセドニアン号を小笠原諸島に派遣し、食肉を確保し、同艦は艦隊より半月ほど遅れて下田に入港しました。

ヒュースケンの服

2021年3月の逸品

米国初代総領事ハリスの秘書兼通訳としてハリスに従い1856年8月21日下田に着きました。オランダ生まれの24歳。日常かなり自由に行動し、日本の国情に通じ、単なる通訳以上の存在となり、ハリスの任務遂行に寄与しました。この服は下田に残されたヒュースケンの服です。この服から身長は175センチ程だったようです。当時の日本人の男性は155~160センチ程でした。