黒船来航により、日本で一番最初に港が開かれた街、下田の記念博物館

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バルトイーグル紋付きの羽織

バルトイーグル紋付きの羽織

2019年11月の逸品

“1857年11月23日(安政4年10月7日)米国総領事タウンゼント・ハリスは将軍謁見と重要事項協議のため江戸に向け下田を発ちました。
 中村の下田奉行所で250人とも350人とも言われる大名行列を組み、ハリスの載る駕篭の前後の警固武士にはアメリカの象徴であるバルドイーグル紋付きの羽織を着せました。23日梨本の慈眼院泊まり、24日湯ケ島弘導寺泊まり、25日三島本陣泊まり、26日箱根の関所通過小田原本陣泊まり、27日藤沢泊まり、28日川崎着、29日は日曜日で行列は動かず2日間とも川崎泊まり、30日江戸着、午後4時ころ宿舎の九段坂下番所調所へ入りました。

下岡蓮杖のカメラ

2019年10月の逸品

下岡蓮杖は下田生まれ育ちで、江戸に出、絵の修行中写真に出会い、苦労の末写真術を習得。日本最初の職業写真師になり、1862年、横浜で写真館を開きました。弟子の育成にも力を注ぎ、弟子の船田万太夫が明治4年、下田で写真館を開くとき、自分が使っていた写真機を与えました。それがこの写真機で、蛇腹式木製の暗箱、29×29×30cm、フランス製3cmレンズです。

助蔵の英和辞書

2019年9月の逸品

米国総領事T.ハリスは下田の玉泉寺に領事館を開き、下田で生活するのですが、1856年9月15日(安政3年8月17日)に2人の下田の少年が柿崎玉泉寺の米国領事館に住み込みの召し使いとして雇われました。ハリス付きとして村山滝蔵(16才)、秘書兼通訳ヒュースケン付きとして西山助蔵(15才)です。両名とも身分は下田奉行所の足軽で、米国領事館からの手当は、それぞれ月1両2分でした。ハリスが公使に昇任し、江戸麻布善福寺を公使館としたが、両名とも善福寺に移っています。そのような中で英語を学び助蔵は自ら英和辞書を作ります。約2,000語あり、当時の下田方言も出てきます。