黒船来航により、日本で一番最初に港が開かれた街、下田の記念博物館

下田開国博物館ロゴ

151年前の1月1日

151年前の1月1日

1871年1月1日=明治3年11月11日
151年前の1月1日、下田沖にある神子元(みこもと)島灯台が始めて点灯しました。
1866年(慶応2)英・仏・米・蘭の4ケ国との間で改税約書(関税率の取り決めなど)が調印されましたが、同時に外国船の航行の安全を図るために8ケ所の灯台や浮標を設置することも義務づけられ、その1つです。
神子元島灯台は英国のスティーヴンスン兄弟社の設計、英人技師ブラントンの監督の下に明治2年着手、人力で石造灯台を完成させました。1本の木もない荒海の岩礁に灯台を築くことは相当の難事業でしたが、下田の人々は工事基地としての役割を果たし、多くの困難を乗り越えて完成させました。石材はエビス崎(下田海上保安部建物の東側付近)から切り出し、名主達が職人の雇い入れ、諸資材の調達当に大層苦労した記録が残っています。
点灯式には参議大久保利通、木戸孝允など政府高官やイギリス公使パークス等が立ち会っています。