黒船来航により、日本で一番最初に港が開かれた街、下田の記念博物館

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今日は何の日

165年前の5月21日

1857年5月21日=安政4年4月28日
165年前の5月21日、下田駐在のアメリカ総領事ハリスの秘書ヒュースケンが下田で馬一頭を買いました。27ドル41セント(約19両)でした。
ヒュースケンのこの日の日記には次のように書かれています。「サラブレッド1頭にしては何という大金!このぶんならどうやらやって行けそうだ、日本に来てまず下男を雇った。こんどは馬持ちだ!この調子だと自分の馬車をもって皇帝の一人娘に結婚のをもうしこむことにもなりかねかない。そうなると俺は植民地提督だ」

168年前の3月13日

1854年5月13日=嘉永7年4月17日
1854年3月31日締結された日米和親条約で下田が開港場となり、アメリカのペリー提督は7隻の黒船(蒸気船2,帆船5)で1200名余の将兵を率い下田に来航しました。
同条約では翌年箱館を開港することになっていたので、艦隊は168年前の5月13日、調査のため下田港を函館に向け出帆しました。下田に帰港したのは6月7日(和暦で5月12日)でした。

161年前の5月10日

1861年5月10日=文久元年4月12日
161年前の5月10日、アメリカ公使タウンゼント・ハリスは日本を去り帰国の途につきました。1856年8月初代総領事として下田に着任し、多くの困難を乗り越え1858年7月に日米修好通商条約を結び、その後公使として江戸に駐在し、幕府も諸外国との交渉で彼を頼りにする存在となっていました。
日本滞在5 年9ケ月、内下田の領事館時代は3ヶ年弱でした。