黒船来航により、日本で一番最初に港が開かれた街、下田の記念博物館

下田開国博物館ロゴ

今日は何の日

165年前の4月18日

1854年4月18日(嘉永7.3.21)
 165年前の今日、アメリカのペリー提督搭乗の蒸気艦ポーハタン号とミシシッピー号が午後2時頃下田入港しました。 この3月31日締結された日米和親条約で下田は即時開港となり、ペリーの黒船艦隊は15日から順次下田に入港しました。合計7隻(内蒸気船は2隻)となりアメリカ将兵は1200数十名でした。 この日以来、5年後に横浜が開港するまで、下田は外国との窓口の地となり歴史上重要ないろいろな出来事がありました。

165年前の4月15日

1854年4月15日(嘉永7.3.18)
 幕末の思想家、吉田松陰が下田入港のアメリカ・ペリーの黒船で海外渡航を計った事はよく知られていますが、165年前の今日は松陰と弟子の金子重輔がペリーの黒船艦隊を追って下田着いた日です。この日は岡方屋に投宿しますが、松陰は皮膚病・疥癬を発し、2日後蓮台寺温泉に行き浴湯し、医師村山行馬郎宅泊に泊まりました。以後蓮台寺と下田を行き来し黒船へ乗る機会を狙います。

164年前の4月11日

1855年4月11日(安政2.2.24)
 下田港に停泊中のロシア使節プチャーチンの乗艦ディアナ号は前年12月、安政の大津波により大破し、修理のため戸田に回航途中富士沖で沈没してしまいました。 約500名のロシア将兵は戸田村(現沼津市戸田)に滞在し、代船建造やアメリカ商船をチャーターし、3回に別け帰国の途につくのですが、164年前の今日は第1次として159名のロシア将兵が米船カロラインフート号で、帰国の途についた日です。カロラインフート号には船主の婦人や子どもなどが乗っていましたが、この間は下船して下田の玉泉寺に滞在していました。