黒船来航により、日本で一番最初に港が開かれた街、下田の記念博物館

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太平洋に臨んで②

2014年09月20日

19世紀中葉、太平洋沿岸を望む西海岸の開発に着手したアメリカ合衆国。

しかし、そこで実際に労働に従事していたのは、主に中国系移民であったとされています。

実際に西海岸の発展におけるカリフォルニアのゴールドラッシュや大陸横断鉄道の建設を機に、中国系移民の数は急速に増加したと考えられています。

当時の合衆国に「アジア」を象徴する人々がなだれこんできたわけです。

もちろん、異人種が合衆国の労働市場を席巻することは、必ずしも歓迎されていたわけではありません。

そこでは中国系移民に対する差別や悪感情が蔓延していました。

しかし、中国系移民を通じて構想される中国市場への進出は、合衆国の実業界にとっては非常に魅力的なものでもありました。

はるか太平洋の彼方に中国という国が、確かなリアリティを伴って合衆国に登場したのでした。

では、アジアの日本はどのようにアメリカという国家に登場したのでしょうか?

続く(かも?)

ひすとりえ